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大阪地方裁判所 昭和29年(行)64号 判決 1957年3月19日

大阪市住吉区粉浜本町四丁目三六番地

原告

鉢呂喜二郎

大阪市住吉区住吉町一八一の一番地

被告

住吉税務署長 槌野勝次郎

右指定代理人

大蔵事務官 安田宏

岡本実

上田茂樹

西俣聰明

大阪市東区杉山町

被告

大阪国税局長 原三郎

右指定代理人

大蔵事務官 藤井三男

東山芳三

一柳正夫

右当事者間の昭和二十九年(行)第六四号課税処分取消請求事件について、当裁判所は昭和三十二年二月二十一日終結した口頭弁論に基き次の通り判決する。

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告大阪国税局長が昭和二十九年六月十日原告に対してなした昭和二十七年度分所得税の所得金額を二九六、八〇〇円と更正した決定の中一五三、〇〇〇円を超過する部分を取消す」との判決を求めその請求の原因として、

「原告は被告住吉税務署長に対して昭和二十七年度分所得税に関する確定申告として、所得金額を一五三、〇〇〇円と申告したところ、同被告は昭和二十八年四月三十日原告の右所得金額を金二九六、八〇〇円に更正する旨の決定をし、その頃原告に通知した。そこで原告は同年五月十六日同被告に対し再調査の請求をしたところ、同被告は同年七月十日付で右請求を却下する旨の決定をし、原告はその頃右決定の通知を受けた。原告はこれに対し同年八月十二日被告大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、同被告は同二十九年六月十日右請求を棄却する旨の決定をし、原告は同年同月十二日その通知を受けた。しかしながら右更正に係る所得金額のうち原告の申告額一五三、〇〇〇円を超える部分は違法であるから、右超過部分の取消を求める。」と述べ、

被告等の本案前の答弁に対し、「被告住吉税務署長の前記却下決定及び被告大阪国税局長の前記棄却の決定がいずれも被告等主張のような理由からなされたものであること、原告が被告住吉税務署長から被告等主張の頃その主張のような内容の再調査請求書補正通知書を受取つたこと、原告が補正期間を徒過したことはいずれも争わないが原告は再調査請求に当り所得額算定に必要な書類を添付しており、被告住吉税務署長の右補正通知に対しても同被告にその旨申入をしたから原告の再調査請求は被告等主張のような不適法な申立ではなかつたものである。従つて被告等の本案前の答弁は理由がない。」と述べ

証拠として証人田中次男の証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告等は主文同旨の判決を求め、その理由として、

「本訴は所得税法五十一条に定める訴願前置の要件を欠いた不適法な訴である。すなわち、原告は被告住吉税務署長がした原告の昭和二十七年度分所得税額の更正決定に対し昭和二十八年五月十六日再調査の請求をしたが、右請求書には、所得税法四十八条一項及び同法施行規則四十七条に規定する不服の理由を明かにするような収支計算書、収支計算書内訳明細書の添付がなく、且つ更正決定通知書を受取つた年月日の記載がなかつたので、同被告は所得税法四十八条四項の規定に基き同年六月二十日付再調査請求書補正通知書を以て、同月三十日までにその欠缺を補正するよう命じた。ところが原告はその頃右通知書を受取つたのに拘らず、補正期間を徒過したので同被告は同年七月十日所得税法四十八条五項一号の規定に則り原告の再調査の請求を不適法として却下したものである。ところが原告は更に右決定を不服として同年八月十二日被告大阪国税局長に対し審査の請求をしたので、同被告は同二十九年六月十日、被告住吉税務署長が再調査請求を却下した決定は正当であり審査請求は理由がないと認めて、これを棄却したものである。従つて原告は適法な再調査請求を経ていないのであるから、本訴は不適法な訴であつて却下を免れない。」

と述べ

本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の事実は原告主張の更正に係る金額が違法であるとの点を除いて総て認める。」と述べ、

証拠として、乙第一号証から第五号証までを提出し、証人上田金一、金原孝司の証言を援用した。

理由

原告が昭和二十七年度分所得額に関する確定申告として所得額を一五三、〇〇〇円と被告住吉税務署長に申告したところ、同被告が昭和二十八年四月三十日原告の右所得額を二九六、八〇〇円と更正する旨の決定をし、原告がその頃右決定の通知を受けたこと、これに対し原告が同年五月十六日同被告に再調査の請求をしたところ、同被告は原告に対し同年六月二十日付再調査請求書補正通知書を以て同月三十日までに再調査請求書に収支計算書、収支計算書内訳明細書を添付し、更正決定通知書を受取つた日を、記載するよう命じたこと、原告はその頃右通知書を受取つたのに補正期間を徒過したこと、同被告が同年七月十日所得税法四八条五項一号により原告の再調査請求を不適法として却下し、原告がその頃右決定の通知を受けたこと、原告がこれに同し同年八月十二日被告大阪国税局長に審査請求をしたところ、同被告が同二十九年六月十日被告住吉税務署長の却下決定は正当であり審査請求は理由がないとして棄却する旨の決定をし、原告が右決定の通知を受けたことはいずれも当事者間に争がない。

ところで本訴は更正に係る所得金額の取消を求める訴であるがこのような訴を提起するには、その前提として所得税法に定める再調査の請求及び審査の請求を経なければならない。そして、所得税法が右のような訴願前置主義を採つている所以は、課税決定について裁判所に出訴する以前に先ず当該課税決定について再審査を行う行政庁に不服の申立をして、その内容について実質的審査を受けさせる為であるから、不服申立が不適法であつたため、再審査する行政庁において当該課税決定の内容について何等実質的再審査をしないで申立を却下乃至棄却したような場合にもなお訴願前置の要件を充したものとして、訴訟において当該課税決定の当否を争い得るものとなし得ないことはいうまでもない。

そこで本件についてこれを見るに成立に争のない乙第一、二号証、証人上田金一、金原孝司の証言を総合すると、原告は被告住吉税務署長に対し前示の再調査請求をするに当り、右請求書に収支計算書、収支計算書内訳明細書を添付せず且つ更正決定の通知書を受取つた年月日を記載していなかつたことが認められ、これに反する証人田中次男の証言は採用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、原告が同被告から右欠缺の補正通知書を受取つたのに、補正期間を徒過したことは前示の通りであり、他に原告が補正期間内に補正しなかつたことについて正当の理由があつたと認めるに足る資料は何もない。そうだとすると、原告の再調査請求は法定の方式手続に違反した不適法な申立として却下されるべきものであつたことが明かである。従つて、更正に係る原告の昭和二十七年度分の所得金額の当否について何等実質的審査をすることなしにした前示再調査の決定及び審査の決定にはいずれも違法な点はないから、前段に説示したところからすると原告が本訴提起に先だち、右のような決定を経たからといつて、本訴が所得税法の要求する訴願前置の要件を充した適法な訴であるといい得ないこと勿論である。

そこで原告の本件訴は前提要件を欠く不適法なものであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 中島孝信 裁判官 芦沢正則)

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